神野建設の沿革【昭和元年~昭和30年代】

神野建設の沿革【昭和元年~昭和30年代】

昭和4年
神野新田三郷公会堂建設
昭和7年7月16日
神富殖産会社は明治銀行破綻のため、神野新田を提供することになり翌年6月30日に神野新田土地株式会社を設立
昭和8年6月30日
神野新田土地株式会社設立
神野新田の維持管理を神富殖産会社より引き継ぐ
昭和12年9月
豊橋市築港地域を神野新田に決定
神野新田土地会社より土地入手
昭和19年12月7日
昭和東南海地震で神野新田堤防に大被害を受け、三号堤二カ所、四号堤二カ所、五号堤二カ所の被害甚だしく、空襲下身命を賭して応急修理を行う
昭和21年4月3日
神野新田土地株式会社は農地解放の仮協定書に調印
昭和22年5月
昭和東南海地震、三河地方大地震による神野新田堤防復旧工事、ようやく完了
昭和23年4月
神野新田土地農業協同組合設立
神野新田土地農業協同組合の中に維持部をおく
昭和26年9月13日
会社設立原始定款■会社設立原始定款
会社設立当時の事務所■会社設立当時の事務所
神野新田土建株式会社の創立総会を開催
新田区画割の代表として20名が株式引受人となり、
会社設立後、各々の耕作者に分割し、
株主は600名余りとなった
初代代表取締役 石部太之助
本社所在地 豊橋市牟呂町字松島14番地
昭和26年9月15日
石部太之助 初代社長■石部太之助 初代社長
神野新田土建株式会社設立
資本金100万円 神野新田土地農業協同組合維持部の事業を引き継ぐ
昭和26年9月26日
6tトラック納車記念■6tトラック納車記念
建設業者登録 土木工事、建築工事
昭和27年
豆板製造はじまる
昭和28年1月
本社所在地変更 神野新田町会所前66
昭和28年9月25日
台風十三号により神野新田堤防切れ、浸水
昭和29年4月
牟呂用水土地改良区、神野新田土地改良区発足
昭和34年9月26日
事務所前でラビット号と■事務所前でラビット号と
伊勢湾台風来襲、伊勢湾台風災害復旧工事
復旧工事のため労働力が不足したので、機械力の増強をはかり、ブルドーザー1台、ドーザーシャベル1台を追加
さらに翌年、石川島コーリング205、21切練コンクリートミキサー等を購入
昭和34年12月31日
資本金を300万円に増資
昭和35年12月31日
資本金を500万円に増資
昭和36年4月
豆板大工さんたち■豆板大工さんたち
新潟方面からの季節労働者■新潟方面からの季節労働者
季節労働者を新潟方面より雇い入れる
昭和36年12月31日
箱根へ社員旅行■箱根へ社員旅行
市場橋よりみた市場の岸■市場橋より見た市場の岸
資本金を1,000万円に増資
昭和38年5月31日
資本金を1,400万円に増資
昭和39年4月
三河港は重要港湾の指定を受け、神野公共埠頭の建設着工
昭和39年4月15日
神野新田堤防復旧工事完成
豊橋市及び神野新田土地改良区が主体となって海岸復興記念碑除幕式を行い、当社においては豊橋市長より感謝状を受ける
昭和39年5月
他地区工事及び建築工事にも力を注ぎ、建築技術者2名増員 港湾土木、大型水路の受注を主体に、人員の確保や機械の稼働率を高める

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